俳人・松尾芭蕉

今を遡ること323年。徳川幕府が繁栄を極めた元禄時代に、俳人・松尾芭蕉は
江戸深川を旅立ち、約5か月をかけて全行程約2400キロメートルを旅し、ここ大
垣市で「奥の細道」紀行を終えました。
そして20124月。
歴史と文化が息づくこの”むすびの地・大垣”に、『奥の細道むすびの地記念館』
がオープンしました。

「奥の細道」は、今からおよそ320年前に松尾芭蕉という俳人(俳句作家)が書
いた紀行文と俳句を組み合わせた文学作品です。紀行文とは、旅行中に体験し
たことや感じたことなどを書き記したものです。
俳句とは、五・七・五の十七文字からなる世界でも最も短い形式の詩。この大垣
でも、多くの人が俳句文化に接しています。

芭蕉は、元禄2年(1689327日に、弟子の曽良とともに江戸を出発し、東北・
北陸地方を巡り、821日に大垣で、『奥の細道』の旅を終えました。ときに芭蕉
46歳。距離にしておよそ2400キロ、150日あまりにおよぶ生涯で最大の旅でした。

『奥の細道むすびの地記念館』は、松尾芭蕉の紀行文「奥の細道」の解説をは
じめ、芭蕉の人となりや旅に生きた人生を紹介する「芭蕉館」、大垣の歴史や文
化・芸術を築き上げた幕末の先賢の偉業を紹介する「先賢館」、大垣市と西美濃
地域の観光情報や全国の芭蕉関連施設を紹介する「観光・交流館3館と、
大垣藩藩老・小原鉄心の別荘で、市指定文化財である「無何有荘大醒しゃ」
ら構成されています。

元禄2年(1689327日に、芭蕉さんは江戸・の住まいを売って『奥の細道』
の旅に出発します。

元禄2年(1689327日に、芭蕉さんは江戸・の住まいを売って『奥の細道』
の旅に出発します。

               フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

                俳人・松尾芭蕉
                    弟子の曽良

                    牛尾川

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