橿原市(かしはらし)

奈良県中部のである。総人口約124,000人と奈良市に次ぐ県下第二都市でもある。
市名は神武天皇が磐余(いわれ)の地において磯城の首長の兄磯城(えしき)を破り、
饒速日命も天津瑞を献じて仕えることとなり、神武天皇即位紀元辛酉の年の春正月の
庚辰の朔日に畝傍山東南「橿原の宮」に即位建国したことに由来する。

今井町(いまいちょう)

奈良県橿原市の中部に位置する地区で、14丁目からなる。
戦国時代
寺内町が原型となり、今も江戸時代の建造物が多数存在するた
め、町域の一部が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
奈良県橿原市の中部に位置する、東西約600m、南北約310mの地区である。
北東部の1丁目、南東部の2丁目、南西部の3丁目、北西部の4丁目に分かれ
ている。地形はおおむね平坦で、東を飛鳥川が北流している。北は小綱町、
西は五井町、南は四条町、東は兵部町および南八木町1丁目、北東は八木町
1丁目(いずれも橿原市)と接している。

河合家住宅
河合家住宅 - 屋号を「上品寺屋」といい、寛永年間に上品寺村(橿原市上品寺町)
から移住した。
家蔵文書によると1772(安永元年)には既に酒を造っており、今なお酒造業を営ん
でいる。18世紀後半の建築。1976(昭和51年)520日重文指定。

                フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 
旧米谷家住宅
旧米谷家住宅(きゅうこめたにけじゅうたく) - 屋号を「米忠」といい、代々金具商、肥料商を営んでいた。農家風の民家で、18世紀中頃の建築と推定される。また、1849(嘉永2年)には、内蔵、蔵前座敷を増築している。近年まで内蔵が3棟あったが、現在は1棟のみになっている。橿原市の所有で、内部は無料で一般公開されている。月曜日休館。1972(昭和47年)515日重文指定。

           今井町の古い建物と町並み


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