高山市 2 (たかやまし) 

岐阜県の飛騨地方に位置する市。市町村面積は全国で最も広く、国際会議
観光都市に指定されている。

旧高山市中心部は江戸時代以来の城下町・商家町の姿が保全されており、
その景観から「飛騨の小京都」と呼ばれている。
また、最近は、「日本の原風景を残す街」として紹介され、日本国外からの

観光客も増加している。
飛騨高山の古い町並みJR高山駅から徒歩10分にある、上三之町、上二之町
あたりが飛騨高山古い町並みの観光スポットとなっていますが、その周辺も十分
見ごたえがあります。飛騨高山の古い町並みは商家の町並みになります。
騨高山古い町並みの近くに宮川が流れており、橋も含めとても情緒のある風景
を楽しめます。

高山陣屋(たかやまじんや)
江戸幕府が飛騨国を直轄領として管理するために設置した代官所・飛騨郡

代役所(陣屋)。現在の岐阜県表門・門番所、一~四番蔵・九~十二番蔵、
書物蔵。
郡代役所は玄関・吟味所・御役所・大広間などの部分に1816年(文化13年)
に改築。
 
敷地内の土蔵は、元々慶長年間(1600年前後)に高山城内に建設され、1695年
(元禄8年)に現在地に移築されたものである。建物の屋根は熨斗葺(のしぶき)、
柿葺(こけらぶき)、石置長榑葺(いしおきながくれぶき)など、いずれも板で葺か
れている。これは飛騨が雪国であるとともに木材の生産地であり、当時の瓦では雪
で容易に損耗してしまうのに対して、木材は入手が容易であったためとされている。
敷地と建物内は有料で一般公開され、内部には江戸時代の歴史資料などが展示
されている。
元来は飛騨高山藩主であった金森氏の所有する下屋敷だったが、1692年
(元禄5年)に幕府が飛騨を直轄領として以降、伊奈忠篤らによって整備され、
代官所として用いられるようになった。1777年(安永6年)以降は郡代役所となった。

明治維新後は筑摩県高山出張所(のち岐阜県高山支庁)庁舎として用いられた。
1929年(昭和4年)には国の史跡に指定されたものの、様々な公共機関の事務所
として利用され続けた。
戦後も県事務所として利用されていたが、1969年(昭和44年)に県事務所が移転
した後、現存する唯一の陣屋であることから文化財として保存する方針が示された。
1996年(平成8年)3月、1830年(天保元年)の絵図を基に約20億円を掛けて蔵番
長屋、郡代役宅、奥座敷などが、ほぼ江戸時代の状態にまで復元された。

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より


                
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