福知山城2(ふくちやまじょう) 

京都府福知山市字内記内記一丁目周辺にある日本の城(平山城)跡。
江戸時代には福知山藩の居城であった。1965年10月14日、市の史跡に指定ー。
2017年には、「続日本100名城」(158番)に選定された。
現在のような縄張りは明智光秀がおこなった。畿内を押さえた織田信長は、
豊臣秀吉と明智光秀に中国攻めを命じた。豊臣秀吉は山陽道から進軍した
のに対して、明智光秀は山陰道側より入った。
丹波国を平定した明智光秀が築城し、女婿の明智秀満を城主とした。
現在は、福知山城公園として整備され、天守は三重三階の大天守と二重二階
の小天守が1986年(昭和61年)に復元された。
福知山市郷土資料館の施設となっている。公園入口には隅櫓風城郭建築様式
の福知山市佐藤太清記念美術館がある。
 
市街地を一望する福知山盆地の中央に突き出た丘陵の先端地にあり、その地形
の姿から臥龍城の別名を持つ。

東から西に流れる由良川が天然の堀となっており、北側には土師川と合流する
標高40mの台地に築かれ展望のよくきく地である。東、北、西は断崖で要害の地
でもあった。
国道9号走行中やJR福知山線の列車内からうかがえ、夜間はライトアップもされ
シンボリックである。また多数の桜が城周辺に植林されており、春には満開となる。

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より


                
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