籠神社(このじんじゃ)
京都府宮津市にある神社式内社名神大社)、丹後国一宮旧社格国幣中社
現在は神社本庁別表神社 

元伊勢の一社であり、「元伊勢籠神社」とも称する。また「元伊勢根本宮」「内宮元宮」
「籠守大権現」「籠宮大明神」ともいう。現在まで海部氏が神職を担当している。
丹後国
総社は不詳だが、当社が総社を兼ねたとする説がある。

社伝によれば、現在伊勢神宮外宮に祀られている豊受大神は、神代は「真名井原」
の地(現在の
奥宮・真名井神社)に鎮座したという。
その地は「匏宮(よさのみや、与佐宮・吉佐宮・与謝宮)」と呼ばれたとし、天照大神が
4年間営んだ
元伊勢の「吉佐宮」にあたるとしている
そして
白鳳11年(671年)彦火明命から26代目の海部伍佰道(いほじ) が、祭神が籠
に乗って雪の中に現れたという伝承に基づいて社名を「籠宮(このみや)」と改め、

彦火火出見尊
を祀ったという。その後養老3年(719年)、真名井原から現在地に遷座し、
27代海部愛志(えし)が主祭神を海部氏祖の彦火明命に改め、豊受・天照両神を相殿
に祀り天水分神も合わせ祀ったと伝える。

 

伊勢神宮外宮の旧鎮座地が丹後国分出前の丹波国であったという伝承は古く、その
比定地には諸説がある。
延暦23年(804年)の『止由気宮儀式帳』では「比治乃真名井」から伊勢に移されたとし、
神道五部書』以来の伊勢神道では旧地を丹波国与佐宮としている。当社をその地に
あてたものとしては、
建武2年(1335年)の文書の「豊受太神宮之本宮籠大明神」という
記載
天和年間(1681年-1684年)の当社縁起秘伝の「当社籠大明神ハ即豊受大神也」
とし「与謝宮ハ則是籠大明神也」とする記載がある。
 

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