防府天満宮

学問の神様として受験生を始め多くの参拝客で賑わう天神様。
ご祭神は、平安時代に高い学識を持って右大臣の位にありながら、
延喜元年(901)藤原氏によって太宰権帥に左遷された菅原道真公。
太宰府に下る途中に滞在した防府を愛でられた菅公をしのんで死後の
翌年延喜4年(904)に建立。
菅公をおまつりしたお社は日本全国約12,000社あるが、当社の建立
を日本最初とし、北野(京都)、大宰府(福岡)とともに日本三大天神と
称されている。防府天満宮では多くの祭事があるが、旧暦9月25日古くは
9月9日、現10月25日〉には花神子社参式と称して、童女が新穀でつくっ
た豊御酒を神前に供え、やがて迎える神幸式における大行司・小行司の
勤めに誤りがないように祈願する。華麗な行列で知られる。旧暦10月14日、
15日を中心とした神幸式は、満月の下で大行司・小行司と称する神宮が
供奉する神輿が、菅公上陸の地と伝える勝間浦の御旅所より神幸する
儀式で、裸坊と称する男たちが多数家紋のある提灯を掲げて前後を守る。
            防府市教育委員会 


             天満宮の高台からの防府市街

茶室「芳松庵」 

御祭神菅原道真公は、お茶に関する故実を調査研究して正史に著し、
宮廷貴族を始め庶民社会に喫茶の習慣を広められ、茶聖菅公と称え
られております。 
この茶室は御神忌千百年式年大祭の記念事業として御祭神の茶徳を
顕彰し、御神徳の余恵に預かるために建造されました。 

また庭内の一角には勤皇の志士達が密議を交わした史蹟「暁天楼」も
建立されています。

毛利氏庭園  
(国指定 名勝)  防府市多々良一丁目 
毛利邸は、明治25年(1892)井上馨が旧萩藩主毛利氏の 邸宅として多々良山
麓を選定、途中、日清・日露戦争で
 遅延したが、大正5年(1916)7月に完成した。
本邸は江戸期の書院造りの様式を取り入れた木造瓦葺の 建物で、木曽の御料林
の檜、屋久島の杉、台湾の欅等の
 良材を使用している。 

   庭園は、本邸から見渡せる周防国跡、三田尻湾、瀬戸内海 等の自然を背景・
   惜景としており、自然の地形・植生に人口
 的な作庭を加え両者の調和をはかっ
   ている。 本邸への導入部である路傍庭園、邸内の各建造物に調和する ように
   配置された平庭、瓢箪池を中心とした林泉からなり、
 池の周囲を回りながら景色
   を鑑賞する池泉回遊式庭園であるが、
 滝の石組みやせせらぎを設け、渓谷風
   の流れを重視した構造と
 なっている。 

   庭園内に植えられた桜、ツツジ、楓、松など葯250種類の 樹木は、四季折々に
   美しい姿を競いあい、訪れる人々の
 目を楽しませている。 
   東京の庭師、佐久間金太郎の作庭による。明治、大正時代の 技術の粋を集めた、
   旧大名家邸として非常に優れたものである。

 
                       山口県教育委員会  防府市教育委員会 

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