奥の院

庶民の稲荷信仰が盛んとなった江戸後期の文化十一年(1814年)の建築
で、旧本殿の内陣の建物を奥の院の本殿とし、旧本殿の拝殿を奥の院の拝
殿にし、大本殿の新築にともなってここに移築されました。

拝殿の諸処に見られる種々の彫刻は名匠諏訪ノ和四郎の一代の傑作とい
われています。見逃してならない彫刻は奥の院拝殿の梁の登り龍、下り龍で、
迫力と豪快さに圧倒されます。

この建物は祭典の行事が行われる霊殿で信者の諸人が至心を凝らして
参拝し読経礼拝されます。
樹木の生い茂った境内の奥に位置し、「内殿」「真殿門」「拝殿」の三殿から
成ります。

内殿、拝殿は、旧本殿のもので、文化11年(1814)に建立されました。
真殿門は、安正5年(1858年)の建立で旧奥の院の中雀門でした。
昭和5年、大本殿の新築に伴って、奥の院として、ここに移築されました。
この建物は祭典の行事が行われる霊殿で、信者の人々が至心を凝らして
参拝し読経礼拝される場所です。
拝殿のいたるところに見られる数々の彫刻は、名匠諏訪ノ和四郎一代の
傑作といわれます。
なお、奥の院の中に入れるのは23人ほどしかいなく、、イチローもその
うちの一人で、奥の院の玉砂利をお守りとして持っているそうです。


             百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より



                      山 門

                   奥の院

三重塔 嘉吉元年(1441年)、東海義易によって創建。
室町時代末期 今川義元が伽藍を整備した。 正式には『円福山豊川閣妙厳寺』
と称する寺院であり、一般には『豊川稲荷』の名で親しまれている。
三重塔は昭和51年(1976年)に建立されたものであり、小型では
あるが本格的造りのものである。

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