熊川宿 2 (福井県若狭町)

 
室町時代に沼田氏が山城を築いた地にあり、天正17年(1589)に小浜城
浅野長政が江若を結ぶ街道の宿場町として整備した。その後は江戸時代
を通して鯖街道随一の宿場町として繁栄した。
近代以降はモータリゼーションの影響で旧街道は衰退し、近年の戸数はピー
クである江戸時代中期の約半分になった。そのため当地域は再開発される
ことなく古い町並みが残り、1996年に重要伝統的建造物群保存地区に選定
される。 その後、古建築を活用した資料館、食事処、喫茶店、雑貨店、また

の駅若狭熊川宿
が開設され、さらに80年間途絶えていた祭り「てっせん踊り」
が復活するなど、観光地として発展を始めている。

          フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より



町家の外観
町家の古いものは、二階の低い「厨子(つし)二階」で正面には、
格子のついた窓があり「虫籠窓(むしこまど)」と呼ばれています。
屋根の上面がわずかに凸となる{起こる(むくり))をもち、瓦は光沢
の無い若狭産のいぶし瓦が葺かれ、雪止瓦も使われています。
       虫籠窓
旧逸見勘兵衛家 伊藤忠商事二代目社長となった伊藤竹之助翁
の生家で熊川を代表する町家の一つと言う事で、主屋、土蔵、庭
が平成7月1月に、町指定の文化財となりました。
               

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