熊川宿 3 (福井県若狭町) 

若狭と京都を結ぶ旧鯖街道の宿場。
若狭町熊川宿伝統的建造物群保存地区の名称で国選定
重要
伝統的建造物保存地区。    

秀吉に重用され若狭の領主となった浅野長政は、天正17年(1589
熊川が交通と軍事において重要な場所であることから、諸役免除
して宿場町としました。
以来40戸ほどの寒村が200戸を超えるような町となりました。


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より



菱屋(勢馬清兵衛家) 旧問屋で屋号を「菱屋」、格子と水路の
               取り合わせが美しい建物です。

松木神社 若狭の義民松木庄左衛門が祀られている神社です。
境内には昭和10年に庄左衛門の遺徳を顕彰するために建て
られた義民館があります。熊川宿の中では桜と紅葉の名所です

得法寺 
元亀元年(1570)に、織田信長は秀吉と家康をも従え、越前朝倉
義景を攻めるため、京都から熊川を通り敦賀へ向かいました。
このとき徳川家康は得法寺に泊まったといわれ、このとき境内の
松に腰をかけたのが、今も東の隅に残る
松の木であるとされており、「家康腰かけの松」と呼ばれています。

               

               トップペ-ジへ