イタリア共和国
(イタリアきょうわこく, IPA: イタリア語: Repubblica Italiana
通称イタリアは、
ヨーロッパにおける単一議会制共和国である。
総面積は301,338km2で、イタリアではlo Stivale (
ブーツ) と称される国土
の形状により大部分は
温帯に属する。人口は6,100万人でヨーロッパ第5位
である。イタリアは非常に高度な
先進国でありユーロ圏では第3位、世界で
第8位の経済大国である。

カンビアーゴ(Cambiago)
人口5,742人の
イタリア共和国ロンバルディア州ミラノ県コムーネの一つである。

COLNAGO (コルナゴが製作した自転車は世界的に有名)

             COLNAGOのホームぺジよりコピー   

1932年。ミラノ郊外に位置するカンビアーゴ村でエルネスト・コルナゴは生を受けた。
溶接工として地道に働き、幾多の勝利を手にする優秀なロードレース選手でもあった
エルネストは、1954年独立し、念願であった自らのチクリを生まれ故郷であるカンビア
ーゴに創設した。 チクリを創設してまもなくコルナゴが製作した自転車はローマ五輪で
いきなり金メダルを獲得し、脚光を浴びはじめるが、後に彼はカリスマとしての更なる運
命的な出会いに巻き込まれていく。 技術を公に認められたエルネストは、当時破竹の
勢いで活躍していたプロロードレースチーム「モルテニ」のメカニックとして、その手腕
を発揮するかたわら、「史上最強の選手」と後に謳われることになるエディー・メルクス
に自作のフレームを提供する。
真のサクセスストーリーはそんな風にしてはじまった。エルネストの情念を織り込まれた
高機能なマシンはやがてメルクスを幾多の勝利へ導き、コルナゴの自転車作りに対する
優秀性を世に知らしめることになる。 1972年。メルクスは「自転車選手にとって最高の
名誉」といわれるアワーレコードに挑戦するため、エルネストとともにメキシコシティーに
降り立った。コルナゴ製57kgのトラックレーサーは、当時として画期的なまでの軽量
化の中に強靭さをたたえながらメルクスの走りを支え、前人未到の49.432kmを達成。
コルナゴは世界の自転車史の中で名実ともその頂点に達することとなる。
その後もコルナゴのマシンの使用を求め、数多くのプロチームに供給されるフィード
バックにより、ますますその機能と美しさに磨きをかけていった。 


                  百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より            

                           写真撮影 名古屋在住 J I 様

              COLNAGO (カンビアーゴ村)

                美しい夕焼け

                 深い霧の朝
               
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