熊本城の桜 1. (熊本県熊本市)

別名、銀杏城(ぎんなんじょう)。
熊本市北区植木町の中心から南に伸びる舌状
台地
(京町台地)の尖端ネ茶臼山丘陵一帯に築かれた平山城。現在の地名では
中央区の本丸、二の丸、宮内、古城、古京町、千葉城町に当たる。

撮影 松本 憲治様

 小天守閣(西南戦争時焼失)1960年の古写真を参考に再建

加藤清正が植えるも西南戦争時焼失、焼け残った根元から成した銀杏の木

        西南戦争の戦火に耐えた宇土櫓

中世に千葉城、隈本城が築かれ、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて
加藤清正
がこれを取り込み、現在のような姿の熊本城を築いた。
日本三名城の一つとされ、「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、
大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本一」
であるとの評価がある
細川氏の居城となった後も盛んに改築が行われ、明治時代
の初めまでは大半の建物が撤去されずに現存していたが、
熊本鎮台が置かれた
後に建物や石垣、曲輪の撤去や改変が行われ、
西南戦争で一部の建物を残して
天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失した。現在は、宇土櫓や東竹之丸の
櫓群が残る(建物が失われる経緯は、同項の
歴史(明治時代以降を参照のこと)
石垣普請の名手とされる清正が築いた石垣は、
1889(明治22年)の熊本地震
石垣の一部が崩落し、改修された部分があるものの、ほぼ江戸期の改築による変
遷の痕跡をとどめ、城跡は
特別史跡に指定されている。昭和時代中期には大小天
守と一部の櫓が外観復元され、近年では、櫓や御殿などの主要な建物を木構造で
復元する事業が行われている。
サクラの名所としても知られており、日本さくら名所100に選定されている。

百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

撮影 松本 憲治様

            成亥櫓

            備前掘

        日本一長い塀建築遺構

           二の丸御門跡

     二の丸広場から見た大小天守閣と宇土櫓

         飯田丸五階櫓 再建
  加藤清正像(1607年に築城) 谷千城像(西南戦争の熊本台司令長官)

        天守閣から見た本丸御殿

 
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