高島城(たかしまじょう)
長野県諏訪市高島にあった城である。別名は諏訪の浮城島崎城と呼ばれている。

城郭の形式は連郭式平城である。かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城
(すわのうきしろ)」と呼ばれていたが、江戸時代初めに諏訪湖の干拓が行われ、水城の
面影は失われた。しかし、浮城の異名を持っていたことから
日本三大湖城の一つに数えら
れている。

日根野氏によって総石垣造で8棟の櫓、6棟の門、3重の天守などが建て並べられ近世城郭
の体裁が整えられたが、軟弱な地盤であったため、木材を筏状に組み、その上に石を積むなど
の当時の最先端技術が用いられた。それでも石垣が傷みやすく、度々補修工事を加える必要
があったという。7年間の短期間で築城したため、かなり無理をしたらしく、地元では「過酷な労役
に苦しんだ」「石材を確保するため、金子城の石材は全て持ち出したほか、墓石、石仏も用い

られた(転用石)」などの伝承が残る。

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         角櫓

        冠木門
 
            高島城公園