千種公園(ちくさこうえん)
 この千種公園はかつて、名古屋陸軍造兵廠千種製造所でした。
1919(T8)年から兵器製造を行っていました。そして第二次世界大戦終戦の半年ほど
前、1945(S20)3月にあった名古屋空襲によりここで69名の方が亡くなられました。
当時の建物の断片が、公園内には現在も残されています。壁には爆撃によるものと
思われる穴が残されており、当時の空襲がいかに猛烈なものであったかを思い起こさ
せます。
1968(S43)6月には、その69名の犠牲者を弔うために碑が建てられました。
そこには、
「ここに涙ありされど平和は永遠に」と、当時の杉戸名古屋市長の言葉が
あります。いつまでも今のような平和な千種公園であって欲しいと願うばかりです。
それは戦争だけではありません。昨今は名古屋市内も治安が悪くなっており、公園で
子どもの連れ去り事件や、夜間に人が襲われたりといった事件が後を絶ちません。
こういった散策も、私は日が落ちかける前に帰るようにしています。
今は名古屋市内でも何が起こるかわかりませんからね。世知辛いものです。
近くには東市民病院、愛工大名電校や若水中学校などがある。市街地の中の大きな
公園で遊び場、野球場、フェンスで囲まれた広場、テニスコートもあり、噴水も子供達
に人気がある。



        第2次太平洋戦争で名古屋の空襲の慰霊碑

            空襲の時に受けた銃弾の後

              
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