犬山城の桜 (愛知県犬山市)
現在は江戸時代前後に建造された天守が現存する。また、現存天守国宝
指定された4城のうちの一つである。
木曽川
沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名、
白帝城
木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝
を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠
が命名したと伝えられる

前身となる織田信長叔父である信康が改修して築いたものを石川光吉
が改修し現在のような形となった。この際の建築用材は金山城の建物の一切を
解体移築したという「金山越」の伝承がある。江戸時代には尾張藩付家老
入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。
現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、
現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617(元和3年)ごろである。
近年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財であったが、現在は財団
法人
に譲渡されている。


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