津和野城址(つわのじょうし・島根県・津和野町)

鎌倉時代末期に創築された中世城郭を、関ケ原の戦いの軍功で入城した坂崎
成正が総石垣の近世城郭に大改造した。なお、今に残る美しい城下町は後年
入城した亀井氏によって整備された。
成正は城山の最高所を本丸(三十間台)とし、そこから一段下がって天守台を
築き、北・西・南の尾根上に曲輪を造り、さらに北の離れた尾根に出丸(綾部丸)
を築いた。尾根上の急峻な地形に築かれているため石垣はそれほど高くはない
が、階段状につながる様は雄大。

標高367mの急
峻な山頂に江戸時代に至っても戦国時代の城郭形式がその
まま使われた事は数々疑問があるが、長州に対する目付役として監視さ
せたとも考えらる。

            撮影 松本 憲治様

津和野城絵図 1873年の廃城令により解体される前に
 旧藩士が書いたものの複製

       町から見た津和野城址

津和野城址へはリフトで登ります

中世の掘切跡(山城の尾根続きを直交に遮断して
(敵方の侵入防止)

 出丸(綾部丸)跡
 本城を守るための戦略上防塁としての役割を果たす

   東門(坂崎氏以降は大手門となっていた所)へと続く石段

        東門横の三段櫓跡

       東門付近より見た本丸石垣

        西門櫓跡

    天守台 三層の天守があったが地震で倒壊

       人質櫓の石垣

         本丸(三十間台)の石垣

  本丸から見た人質櫓台(手前)と三の丸(奥)

      本丸

    本丸からの津和野の町を一望

    本丸からの天守台(手前)と馬立跡と台所跡(奥)

    南門櫓跡

     三の丸から人質台を見る

    馬立跡から天守台をみる

     馬立跡より東門方面を見る
   
       
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